地元に根付く多彩な野菜づくり ──
大野農園が描く未来
株式会社 大野農園
大野 克弥
農業とともに歩む
大野さんの物語
福井県美浜町に、「大野農園」という農業法人がある。
代表取締役の大野克弥さんは、もともと牛の搾乳など酪農に深く関わる家に育ち、若いころは一般企業でサラリーマンも経験してきた。しかし、家族の高齢化が進み、周囲の農家の離農がはじまる中、35歳のときに「やはり農業を守っていきたい」と一念発起。
そこから約十数年をかけ、稲作を中心に、キャベツやネギ、ピーマン、梅といった野菜や果樹を組み合わせる“多角経営農業”へと乗り出していった。
この日は、大野さんと、その右腕として活躍する伊藤さんに、それぞれが抱える思いや、この地域ならではの農業の魅力について語っていただいた。
酪農から農業へ
かつて大野さんの家では牛を飼っていた。
だが大野さん自身は「生き物相手の酪農は自分の性に合わない」と感じ、地元を離れて会社勤めを経験していたという。
ところが、親の年齢が60代を超え、周囲の農地も放棄されるケースが増えてくると、「このままでは地元の田んぼが荒れてしまう」と危機感を抱き、35歳のときに農業を本格的に始める決意をした。
同時期、双子のお子さんが生まれたこともあって、これまで兼業で回していた稲作を“一本化”してやっていくしかない—— そう腹をくくった大野さん。
農繁期は家族総出、さらには知り合いの若者にも声をかけ、忙しい夏場の田植えや秋の稲刈りを乗りきってきた。

親と2人だけじゃ到底回らないし、周りの田んぼを任される件数がどんどん増えていって、素人相手でもいいから誰か来てほしいって思ってたんです。そしたら仲間内で『ちょっと手伝ってよ』って声かけたら、意外と野球仲間とかが休みの日に来てくれるようになって。それがきっかけで地元の若い人も巻き込めるようになったんです。
中でも伊藤さんは会社勤めをしながら"二足のわらじ"で農作業を手伝ううち、次第に大野さんの農業スタイルに惹かれ、最終的には「覚悟を決めて」退職。現在は大野農園の主要メンバーとして、稲作だけでなく複数の野菜づくりにも挑んでいる。

大野さんは地元の野球チームの先輩だったんです。最初は『ちょっと農作業を手伝ってくれ』って気軽に誘われて、休日に遊び半分でやってたんですけど、そのうち本格的にやりたいなと思うようになって……。気付いたら会社を辞めてましたね(笑)
大野さんの人柄、地元で愛される理由
こうした経緯から仲間を集め、次第に大きくなっていった大野農園。
背景には“大野さん自身の人柄”があると伊藤さんや周囲の人々は言う。いわく「めったに断らない性格」「一度関わった人にはとことん付き合う温かさ」、それが農業の場面でも自然と発揮されているのだ。
大野さんを見てると、ほんとに周りに気軽に声をかけられますよね。
『田んぼが空いたから誰かやってくれんか?』って持ち込まれたら、まず“ノー”とは言わずに『ええよ、考えてみるわ』って引き受ける感じ。お父さん(大野さんのご両親)からしたら『もうこれ以上広げるな』と叱られることもあるみたいだけど(笑)
「あまり強くアピールはしないが、野菜や米がおいしいと言われると非常に喜ぶ大野さんの表情を見ていると、周りも手伝いたくなる」と伊藤さんは笑う。
作物はもちろんだが、人に対しての大野さんの“懐の深さ”が、大野農園の規模拡大を支える大きな原動力といえる。
福井の土地だから作れる作物
大野農園が育てる作物は、実に多彩だ。稲作を中心としながらも、梅、白ネギ、キャベツ、ピーマンと、様々な野菜を栽培している。
「この土地は、いろんな作物を受け入れてくれる。砂地の田んぼもあれば、深い田んぼもある。その多様性が、私たちの強みになっています」と大野さん。

福井県南部(若狭エリア)は梅の産地として有名で、隣の三方(みかた)地区などは急斜面にも梅の木が並ぶほど。しかし、和歌山の梅と比べられるとどうしても量では勝てないと言われている。
それでも品質にこだわる若狭梅には定評があり、和歌山県の梅農家さんから「そちらの梅のほうが正直いいんじゃないか」と言われるほどの評価を受けることもあるという。
うちは平地に少しだけ梅を植えてるだけですけど、本格的にやってる周辺の方々はホントすごいですよ。和歌山の業者さんがわざわざ買い付けに来ることもあります。結局、気候の違いで味わいが変わってくるんでしょうね。
うちはそこまで大規模じゃないんで、まだまだ“そこそこの質”だけど、それでも“まずい”と言われないよう、最低限の手はかけてます。
規格外野菜になってしまう「赤いキャベツ」
冬のキャベツは寒さにさらされると外側の葉が赤くなる。実はこの赤くなった葉こそ甘みが強い証拠ともいわれているが、見た目が悪いため市場流通では敬遠されがちだ。
大野農園でも、外葉が赤くなってしまったキャベツはどうしても規格外扱いになってしまいがち。
「実はこれがいちばんおいしい」というジレンマに悩みつつも、「よそに出す以上は見栄えにも気を配らなきゃいけない」と試行錯誤を続けている。


赤くなった葉っぱを剥いて出せば真っ白なキャベツなんです。でも、その赤いまま市場に出すと『外観が悪い』って言われてしまう。実際は食べると甘くて美味しいんですけどね……
野菜不足と言われる昨今、規格外野菜の実情を変えるためにも、この美味しい野菜たちの出口を探すことも、今後の課題だという。
「まず食べてみてほしい」——大野さんからのメッセージ
最後に、取材を終えて彼らに「大野農園を知らない人に何を伝えたいか」と尋ねてみた。すると、大野さんは少し照れながらも、はっきりとこう言った。

僕らは派手に宣伝できるタイプじゃないんですが、“まず1回食べてみてくれ”という思いが強いですね。『美味しい』って思ってくれたら嬉しいし、ぜひまた来年も食べてもらいたいって思える。
伊藤さんも「うちのネギやキャベツを食べた人が、『あのネギはほんとに甘くて美味しかった』『またこのキャベツ食べたい』とリピートしてくれるのがやりがい」と語る。
福井の恵みは、福井に住んでいる人が一番感じていることで、うまく言語化できない。
だからこそ、この「まず食べてみてほしい」というメッセージに全てが詰まっているのだろう。
地元に根付く、多彩な野菜づくりの未来
キャベツやネギ、梅など多品目栽培を試みる大野農園。その舞台裏には、仲間を巻き込みながら挑戦を続ける大野さんの人柄と、「まずいと言われない」ために手間を惜しまない姿勢がある。
地元民や研修生、さらには関係企業など“周りをどんどん巻き込む”という大野さんのやり方は、確かな評価とともに次世代へ繋がる希望を生み出している。
About People
大野農園の代表取締役。稲作を中心に、キャベツやネギ、梅など多品目栽培に挑戦。若手農業者の育成にも力を入れ、その人柄と丁寧な仕事ぶりが評価され、2024年に福井県農林漁業賞を受賞。

関連ワード
規格外野菜
形や大きさの不揃いなどの外的要因によって、市場出荷における規定の出荷基準を満たさなかった農産物を指します。 品質や味には問題ないにもかかわらず、見た目だけで出荷ができないため、多くが廃棄されてしまうのが現状です。 近年、フードロス削減への関心が高まる中、規格外野菜の廃棄量も大きな課題となっています。
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