「農業を、もっと夢と価値のある仕事に」
町役場から畑へ
Granfarm株式会社
鳥羽 宏昇
原点と転身
「米作りは幼い頃から身近な存在だったけれど、本気で仕事としてやろうと思ったことはなかったですね」
グランファーム株式会社代表の鳥羽さんはそう振り返る。両親が公務員として勤める家庭で育ち、大学卒業後は県庁職員を経て地元自治体の美浜町役場へ移った。配属先は農林水産課。そこで農業推進や農家支援に関わり、数年が経った頃、町長から「若手職員が自治体を盛り上げるためのプレゼンをしてほしい」というミッションがあった。
鳥羽さんは地元食材を使ったアンテナショップ型の居酒屋を東京に構える案を提案し、自治体公認の飲食店を次々と立ち上げるプロジェクトに注力していく。ところが、走り出して繋いだ生産者の高齢化や、現場の様々な課題に直面し、自ら解決すべく役場を退職し、自ら会社を立ち上げる道を選んだ。
「この町だからこそ創業の支援が手厚かったし、僕としては恵まれていたと思います」
少し照れくさそうに笑いながら語る鳥羽さんだが、その裏には、積極的な投資と販路をまとめ上げる行動力がある。創業直後から飲食店への販路が整っていたのは大きなアドバンテージだったという。
中山間地で農業をする理由
美浜町は海側と山側のエリアに分かれる。山間部の田んぼは砂地で水持ちが悪く、農作業の負担も大きいが、豊かなミネラルを含む山の水が流れ込むため、米作りには向いているといわれる。
「山際の田んぼは作業が大変だが、そのぶん米の味は格別なんです」
そう語る鳥羽さんは、地域の田畑を守りたいという思いと、ビジネスとして成功させたいという思いの両方を抱えている。
とはいえ、法人化して雇用を生み出していく以上、収益を上げることは欠かせない。守るだけでなく攻める姿勢を維持するためにも、山側から平場まで、さまざまな条件の田んぼを確保しながら事業を回す必要があった。
「うちは農村を守ることに一辺倒になってしまうと会社として立ち行かなくなる。けれど、山間部の田んぼも放っておくと荒れ放題になる。その中で、どういうバランスで収益を上げていくかが難しいんですよね」
そう言うと鳥羽さんは少し真顔になる。地元に根を張る会社として、収益と地域貢献の両立を目指す――そのバランス感覚こそが彼の強みだ。
ネギで切り拓く冬の可能性
米作りだけで企業を運営していくのは難しい。特に北陸の気候では冬場の農閑期にどう雇用を維持していくかが大きな課題だ。そこで鳥羽さんが見つけた打開策がネギの栽培だった。
「ネギは発芽から収穫まで150日以上かかるからリスクも大きい。だけど、ライバルも少ないし冬の売り上げ確保にはうってつけなんです」
ネギの師匠は山形で“ネギ一本を1万円で売る”ほどのこだわりを実践している人物で、その考えに強く影響を受けた。化学肥料に頼らず、有機肥料と微生物を積極的に取り入れる栽培方法は、収量を確保するだけでなく糖度20度を超える食味向上にもつながるという。
ここで、同席していたLUFTメンバーが口を開く。
竹森
「化学肥料よりも有機肥料のほうが難しいイメージがあるんだけど、実際はどう?」
鳥羽
「正直、有機のほうが自分たちには楽だと思ってて。土が元気だと虫や病気の被害が減るし、ネギの糖度も上がる。雪解け水が溶け込む圃場だからこそ、さらに美味しくなるんじゃないかな」
岡本
「確かに焼いただけでも甘い。主役になれるネギって、福井の人にとっては普通かもしれないけど、他県の人からしたら普通じゃないかもですね笑」
通常は脇役とされがちなネギを主役級の食材に昇華させようという姿勢が、多くの飲食店を引きつける理由だろう。
会社という仕組みが生む連携
一人で農地を増やし、多様な作物を扱うのは難しい。だからこそ会社組織で動き、スタッフを増やす。そのぶん毎月の人件費はかさむが、米作りとネギ栽培を柱にすることで安定的な売り上げを確保しつつ、福祉施設と連携して袋詰めや収穫の手伝いを依頼するなど、新たな雇用を生み出している。
「農業は高齢化が進んでいる。耕作放棄地を減らしていくには、行政主導で基礎整備が必須で、企業的な視点を持った人がもっと参入すべきだと思う。補助金などで設備投資しやすい環境があるのはありがたいし、何より次代へ“農地を引き継ぐ”っていうミッションを本気で今から考えないと」
鳥羽さんは町役場に勤めていた経験もあり、行政とのやり取りには慣れている。創業間もないころから大きな投資を可能にした背景には、美浜町や福井県の支援制度への理解があったからだと話す。自治体としても、田畑を継ぐ人材を求めている以上、こうした取り組みは強く後押しされるわけだ。
挑戦は続く
人件費や販路拡大、さらには大手企業からの出資話など、鳥羽さんとその会社を取り巻く状況は日々変化している。山側の中山間地をどう維持し、平場の田んぼとのバランスをどう取るか。ネギ以外にも冬季の作付を増やすか。まるで走りながら次の道を探していくような忙しさだが、そこには確かな手応えがある。
「若いからこそ攻めたいし、攻めるからこそ地域を守れるんじゃないかと思う。結局は自分たちが楽しいと思えることを実現して、それを必要としてくれる人に届けたいだけなんです」
実直な口ぶりの裏には、「この福井の土地で挑戦を続けたい」という揺るぎない決意が垣間見える。地元の恵みを活かしつつ、新しい形の農業を切り拓こうとする姿勢が、確かにそこにある。
About People
福井県美浜町新庄在住。元公務員から農業に転身し、2022年にGrand farm株式会社を設立。水稲25ヘクタール、白ネギ4ヘクタールを営農する。中山間地での農業経営に挑戦し、都内や首都圏の飲食店への販路開拓にも力を入れている。「若い人が農業を職業として選んでくれるように」との思いで、安定した農業経営の実現を目指す。学生時代は野球に打ち込み、今でもその経験を活かして地域の草野球を楽しむ。
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直播(ちょくはん)
田植えをせずに直接水田に種をまく栽培方法です。水稲の生産において、苗づくりと田植えの労力を省く技術として注目されています。