若狭の自然と人とのつながり ──
岡部さんが描く地域農業のこれから

若狭 A・F・F'C
岡部社長

福井県美浜町で若狭 A・F・F'Cを営む岡部社長。農業、漁業、そして地域の仲間たちをつなぐその独特な社名には、Agriculture(農業)、Forestry(林業)、そしてCompany(仲間)という意味が込められている。実は本業は電気部品の製造業。農業は副業として始めたという。しかし、その「副業」が今では大きな広がりを見せている。

美浜の地で広がる米と野菜の可能性

福井県美浜町に暮らす岡部さんは、もともと電気部品を製造する会社を経営しながら、稲作を中心とした農業に携わってきた。周囲からは「会社と農業、どちらが本業なのか分からない」と冗談交じりに言われるほど、広い田んぼを管理し、近年では野菜や果樹などの新しい作物にも挑戦している。

会社経営を通じて培った段取り力や効率化のノウハウを農業へ転用し、人手不足を技術や機械化で補う姿勢が岡部さんの大きな特長だ。さらに仲間とのつながりを大切にし、「自分だけでなく地元全体を盛り上げたい」という思いも強い。

岡部さんが拠点とする地域は、山間部からの豊かな水をパイプラインで引くことができる。実は美浜町には、海や湖に近いエリアだけでなく、中山間から流れ出た清らかな水を活かせる場所が点在している。そうした立地条件を活かして、岡部さんは米や野菜、時には珍しい作物など、多彩な栽培に挑み続けている。

中山間から流れ出る水の恵み

岡部さんの田んぼは、山麓からの湧き水や川の水を引き込むことで潤っている。夏場は日中に気温が上がる一方で夜間は涼しくなるため、作物に適度なストレスがかかり、味わい深くなるとも言われる。
栽培されるネギ。太さがあり甘味も強く、この地でしか獲ることができないネギといえる。
しかし、この水を安定して引き込むには管理が欠かせない。雨が少ない年は取水が厳しくなり、逆に大雨が続けば一気に水位が上がってしまう。そうした自然任せの部分も多いため、岡部さん自身がこまめに田んぼを巡回し、適切な水量を維持する工夫を重ねている。

竹森「山の水って、やっぱり違うものなんですか?」

岡部「全然違うね。冷たいし、きれいだし、作物が育つうえで大事な要素だと思ってる。だけどその分、取水が難しい場所もあるから、常に気を配る必要がある」

中山間から流れ出る水は美味しい米づくりにも好影響があるとされ、岡部さんも実際に収量よりも味を重視するスタイルを貫いている。その結果、「肥料を少なくする」「牛糞などの有機的資材を中心に土を育てる」など、手間がかかる作り方を選択し続けてきた。

人とのつながりが育む豊かさ

岡部さんの周りには、地元で農業に取り組む仲間が自然と集まってくる。幼い頃からの友人や、野球やボートといったスポーツのつながりで知り合った仲間たち、さらに会社のパート社員や近所の若手農家などが「手が足りないなら手伝うよ」と顔を出すのだ。

岡部「米の繁忙期になると、どうしても人手が必要になる。だが会社のパートさんや昔からの友人が手を貸してくれて、すごく助かっている。野菜づくりを始めるときも、周りに声をかけたらみんな手伝ってくれたよ(笑)」

岡本「最初は『岡部さん=米農家』っていうイメージが強かったけど、枝豆やブドウ、それから青パパイヤまで、いろいろ作り始めて驚いた記憶がある。今ではすっかり美浜の"何でも屋"ですよね」

こうした仲間同士の助け合いは、そのまま「新しい作物の栽培にも挑戦しやすい土壌」につながっている。

岡部さんはやや照れくさそうに「失敗を楽しんでいるようなもの」と語るが、実際は一度試してダメだった作物は無理に続けず、可能性を感じるものに絞っていく。そして仲間と一緒に試行錯誤を重ね、成功へとたどり着くまで粘り強く挑戦する姿勢が印象的だ。

飼料用米がもたらす循環と若狭牛への波及

岡部さんは米農家として、自分の田んぼで栽培した米を地元の畜産農家に飼料として提供する取り組みを始めた。これにより生まれるのが、米→牛→堆肥→再び米という循環である。

岡部「飼料用米を若狭牛の餌として使ってもらい、その牛がすごくいい肉質で評価を受けるとうれしい。しかもその牛から出る排泄物が堆肥になって、また田んぼに戻る。そういう循環こそ、この地域の強みだと思うんだよね」

竹森「地元の畜産農家と連携することで、お互いにメリットがあるんですね。若狭牛が高く評価されれば、美浜町全体のイメージアップにもなる」

岡部「実際、受賞歴のある牛の餌にうちの米が使われたりしていて、自分のことのように誇らしい。でもあまり大げさに宣伝はしない。『まずは食べてもらえれば分かる』くらいに考えているほうが性に合っているな」

こうした取り組みは、単純な経済的メリットだけでなく「地元農家同士の結びつき」として大きな意味を持つ。畜産農家が岡部さんから買った飼料用米で牛を育て、牛の排泄物が田んぼを豊かにする――自然の流れに逆らわない形での循環が、地域の農業を底上げしているといえるだろう。

挑戦と効率化──新しい技術への向き合い方

岡部さんがこだわっているのは「楽をすること」でもある。これは決して怠けるという意味ではなく、農業を長く続けるために効率化を追求していく姿勢といえる。

岡部「米づくりなら昔ながらの手順を踏むのが当たり前だろうけど、今は直播(ちょくはん)といって、田んぼに直接種をまく方法を活用することもある。これだと苗を育てて運ぶ手間が省けるんだ。ただ、水管理や発芽率を安定させるためにコーティングの資材を使う必要があるから、いろいろ実験しながら進めている」

竹森「岡部さんって、昔から本当に色々と新しいことに挑戦しますよね。ドローンの農薬散布も誰よりも早く着手してて、最初見たときは本当に驚いた。農業に携わる人って、意外と新技術に対して慎重なイメージがありましたし。」

岡部「確かに。でも、失敗するリスクがあっても、うまくいけばすごく楽になる。体力的にも負担が減るし、やる価値はあると思う。農業は自然を相手にするからきつい部分も多いけど、機械化の力を借りれば続けやすくなる」

こうした積極的な技術導入は大きな効率化をもたらしている。その一方で「すべてを機械任せにしているわけではなく、必要なところだけ効率化し、最後の微調整は自分の経験と勘で補う」というバランス感覚がある。

副業感覚から生まれた多角経営のかたち

岡部さんは自社工場で電気部品を製造しながら、同時に農業も拡大してきた。農繁期には工場のパートや社員が田んぼを手伝い、農閑期は逆に農業スタッフが工場の仕事を手伝うこともある。

岡本「最初は電気部品の納期に追われているイメージしかなかったけど、いつの間にか農業のほうが忙しくなっていきましたよね(笑)」

岡部「同時進行だからこそ、どちらの仕事にも新しい視点が生まれるんだ。工場の生産ラインでの段取り管理は、農業の作業計画を立てるうえで役に立つ。逆に農業をやっていると、工場でも『自然相手のほうがもっと大変だ』と言えるから気が楽になるんだよ」

こうした"リソースの融通"が効くのも、岡部さんの人柄と地元での長年の付き合いがあってこそだろう。単なる副業ではなく、それぞれの現場が協力し合うことで地域の仕事をシェアし合っているのだ。

地域を未来へと導くために

「都会に住むより田舎のほうが絶対いい、なんて言えないよ(笑)」と岡部さんは笑う。
しかし岡部さん続けて「ここにはここしかない豊かさは、絶対あるよ」という。山や川の自然、昔からのつながり、そして仲間たちとの助け合い――。それらが合わさることで、農業がよりやりがいあるものになっているのだという。


岡部「実際のところ、田舎は行事や付き合いが多いし面倒くさいことも多い。だが、そのぶん温かい。誰かが困っているときは本気で助けようとしてくれるし、逆に自分が助ける側になることもある。そういう環境でやる農業は、ただの仕事じゃなくなるんだよね」

竹森「一人で農業をスタートしようと思ったらハードルは高いかもしれないけど、地域の仲間と一緒にやれるからこそ続けやすい環境なのかもしれないですね。成功も失敗も共有できるし」

岡部「そうそう。農業は朝から晩までずっと体を動かすイメージがあるかもしれないが、今はいろんな機械が導入できるから、思ったより時間を作れる。忙しい時期が終われば、釣りでも行ってリフレッシュすればいい。そこが続けられるコツだと思う」

おわりに

インタビューを通して浮かび上がるのは、地元の水や土だけでなく、人とのつながりがもたらす豊かさである。山からの冷たい水が田畑を潤し、その作物が若狭牛を育て、牛の排泄物が再び土に還る――自然のサイクルに逆らわない営みが、地方にしかない、あまり表に出ない魅力なのかもしれない。

さらに岡部さんやその仲間たちは、技術や機械を活用して効率化を図りながら、次々と新しい作物や手法に挑んできた。失敗を恐れずに試行錯誤する姿勢と、それを支える人々の結束が、美浜町の農業を支えている。

「自分だけが稼げればいいわけじゃない。地元が盛り上がれば、結局はみんながうれしいんだ」。
そう語る岡部さんの言葉からは、地元とともに成長しようとする強い意志と、自然への深い敬意が感じられる。派手な宣伝は苦手と言いながらも、じわじわと広がる美浜の評判が、これから先の未来をしっかりと照らしていくに違いない。

About People

岡部 哲章

福井県美浜町在住。本業の電気部品製造業の傍ら、農業を営む。「楽」を追求しながらも、品質には妥協しない姿勢で、地域農業の新しい形を模索している。若狭牛に関係する飼料用米(餌)を作り、地元畜産農家に供給し、畜産農家から高い評価を受けている。

関連ワード

スマート農業

ロボット技術やICTを活用して、省力化や高品質生産を実現する新たな農業のこと。自動運転トラクターやドローンによる農薬散布など、様々な技術が実用化されています。

若狭牛

福井県若狭地方で生産される黒毛和牛のブランド。きめ細かな霜降りと柔らかな肉質が特徴で、農林水産省からも高い評価を受けています。

循環型農業

農作物の生産から消費までの過程で出る副産物を堆肥などとして活用し、資源を循環させる農業のこと。環境負荷を減らし、持続可能な農業を実現する方法として注目されています。